小田村伊之助 略歴・出身

小田村伊之助(楫取素彦)


経歴(プロフィール)

■楫取素彦(かとり・もとひこ)

■日本の官僚、政治家

■優秀、堅実さで吉田松陰に信頼された

■松陰の妹2人を妻としたことで知られる

■初代群馬県令(知事)を歴任

■錦鶏間祗候正二位勲一等男爵

■家族情報http://goo.gl/R1o3n4

■血液型:

■身長

■生年月日:1829年4月18日

■没:1912年8月14日(83歳で死去)

■出身地:長門国萩魚棚沖町(現・山口県萩市)で生まれた

■通称は久米次郎または内蔵次郎。12歳の時に代々儒官の小田村家の養子に。伊之助と改めた

■19歳で、明倫館の司典助役兼助講に就任

■22歳大番役として江戸藩邸に勤め、安積艮斎・佐藤一斎に教えを受ける

■吉田松陰の投獄後は、松下村塾で指導にあたり、塾生の久坂玄瑞らから「松門の柱石」と評される 

■30歳の時、藩主・毛利敬親の専属講師に抜擢され、敬親に従って東奔西走

■坂本竜馬と密会して桂小五郎を紹介し、薩長同盟の端緒役となった

■長州戦争や戊辰戦争では参謀や使節として活躍

■38歳の時に藩令で楫取素彦(かとり・もとひこ)と改名

■維新後は地方官を経て、初代群馬県令(知事)を務める

■教育改革と産業の振興に力を入れ、教育施設を増やし、地場産業の養蚕・製糸業を発展させた

■その後、高等法院陪席裁判官、貴族院議員、宮中顧問官等を歴任した

■晩年は山口県の三田尻(防府市)で過ごし、83歳で大往生した
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

keireki

Author:keireki
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR